ご挨拶
鳥取整体院のHPをご覧いただき、本当にありがとうございます。
自分自身が腰痛に悩まされた経験から、より多くの痛みを持つ方たちをサポートしたいという気持ちで、治療家を志しました。
おかげ様で2012年5月に開業させていただく事ができました。
ここへ来て、その痛みをとって帰ってください。
「その痛み、良くなったら何がしたいですか?」
一人でも多くの方に、生き生きとした毎日を過ごしてほしい。
好きな事に好きなだけチャレンジしてほしい。
そう願いを込めて施術を続けています。
代表プロフィール
代表ストーリー ~鳥取整体院開業までの道のり~
こんにちは!
鳥取整体院 院長の前田です。
私の夢は、「誰もがやりたい事に全力でチャレンジできる社会を創る事」です。
やんちゃな少年時代。怪我で悔しい体験をしました。
私は1977年10月、日本一人口の少ない鳥取県の山あいの町、河原町に生まれました。
男3人兄弟の次男として生まれ、勉強もそこそこに野山を駆け巡って育ちます。
また、近所の大人たちからは、、少し風変りな子どもだと言われていた様です。
学生時代は野球一筋、甲子園を目指して白球を追い続けていました。
中学時代の恩師がボディビルダーだった事もあり、当時まだ主流ではなかったトレーニング理論やサプリメントなどを勝手に取り入れ、チームから完全に浮いた存在でした。
「いいものを何故取り入れない?」と疑問をもっていました。
しかし、最後の大会前に怪我を連発。試合に出る事すらできず、夢は破れます。
この身体への興味と悔しい体験が、整体師を志した最初のきっかけだったのかもしれません。(この時は全く考えていませんでしたが…)
マッサージをしたチームメイトに言われた言葉に今までにない嬉しさと充実感を感じた大学生活
大学進学後、性懲りもなく野球を続けました。不完全燃焼なまま終わりたくなかったからです。
しかし、関西のレベルの高さに圧倒され、メンバー入りもできず。
選手としての成功体験は得られませんでした。そんな中、貴重な体験をします。
マッサージをするのが嫌いじゃなかった私は、チームメイトのマッサージを頼まれていました。よく頼まれたのは、先輩のピッチャーと同期の外野手でした。リーグ戦が始まると、この二人が大活躍!タイトル総なめにして、創部初のリーグ優勝を達成しました。
試合後、二人から言われた「ありがとう!お前のマッサージのおかげや。」の言葉。
単なる偶然かもしれませんが、今までにない嬉しさと充実感を感じたのを覚えています。その頃、人の身体に関わる仕事にも少し興味が沸いたのを覚えています。
食品メーカーの営業を通じ、たくさんの事を学びました。
大学卒業後、食品メーカーに入社。
食品の営業を通して、社会人の厳しさと仕事の面白さを学びます。
また、静岡・東京・長野・山梨と東日本を転々とする中で様々な地域性と人間性に触れあいました。
その中で一番強烈だった経験としては、6年間出入りした山梨の卸店のオーナーの存在でした。まるでヤクザの親分の様なその人には、本当に厳しく怒られ続けました。
「前田、頭を使え!気を配れ!その時できる最高の事をやれ!お前は息してるだけじゃねえか!」その時はわからなかった事が、今になってよくわかります。
仕事の基本を体当たりで学んだ時期でした。
幅広い業種や世代の方との交流を通して、多くの勉強をさせていただきました。
本当に感謝しています。
営業も5年経った頃、自分の中である迷いが生じます。
「10年後もこの仕事をやり続けるのか?」
5年間無我夢中で仕事をして、それなりに結果と手応えを感じると同時に、その先の目標がわからなくなってきたのです。
突然の転機、そして脱サラ。世の中の厳しさ、自分の考えの甘さを痛感しました。
そんな中、ふと開いた雑誌にあった「整体スクール 無料体験会」の文字。
軽い気持ちで行ってみたら、驚きの連続。
「人の身体っはこんなに変わっていくのか!」
もともと興味のあったその気持ちに火がつき、その日に申込みを済ませました。
卒業後も個人的にセミナーに出席したり、紹介された先生を訪ねたり、仕事と勉強を同時進行していきます。整体以外にも、精神世界やカウンセリングの勉強や、マクロビオティックで食の勉強もしました。この数年は少し整体から離れた時期でもありました。
2008年3月、退社し12年振りに鳥取に帰ってきました。
これからどうするのか?全くノープランでの脱サラです。
とりあえず収入を得なければと、すぐにアルバイトを始めました。施術店で働けばいいものを、なぜか関係のない仕事ばかりやりました。
テレアポ・スーパーの品出し・弁当屋の飯炊きなど。
会社員がいかに恵まれた環境だったかを思い知り、手当や賞与があるのが当たり前だと思っていた甘い考えは吹っ飛びました。
30歳で脱サラ⇒フリーターへの華麗なる転身。
合間をみて自宅で整体をやってみたものの、サッパリ上手くいきません。未熟な腕に集客・経営は全くの無知。ちょっとした技術を知識があればお客は勝手に集まると本気で思っていました。
色んな面から世の中の厳しさと自分の考えの甘さを痛感したのです。
「今の自分の力は世の中ではこんなもんか…」手も足も出ないまま3年が過ぎていました。
焦りや不安は多々ありましたが、不思議と会社を辞めた事への後悔と途中で諦める考えは全くありませんでした。それがせめてもの救いでした。
繁盛している施術店でアルバイトをしながら勉強、鳥取整体院開業へ
経営の勉強を集中的に行いながら、市内の整骨院でアルバイトを始めました。
私より若い代表が多くのスタッフを束ねて繁盛させているその店舗をみた時、本当に大切な要素がそろっていると確信しました。
確かな技術と知識だけでなく、お客様への丁寧なあいさつや細かい気配り、そして地域に貢献するという固い決意。
目が回るような忙しさの中で、これからの自分の理想のイメージがどんどん明確になっていきました。
生まれ育った鳥取に恩返しをしていく。
その為に、何ができるのか?
その気持ちで院名を考えた時に真っ先に浮かんだ名前。
それが「鳥取整体院」でした。
最もシンプルで、最も重い、そして一番しっくりきた名前。
2012年5月
鳥取整体院を開業しました。
皆さん、よろしくお願いいたします。
お電話ありがとうございます、
鳥取整体院でございます。